人生の師

こんばんは。victoria007です。

今日、生徒が授業中に「メイド服がほしい!」と言っていて、(ちなみに女子中学生。自分で着るためにほしいそうです)メイド服っていうのは、正式名称は「エプロンドレス」っていうんだよ、といううんちくを隣の生徒に披露し始め、あっという間に「どんなコスプレが一番萌えるか」という話題に発展するという、春休みならではの熱い議論が交わされる一幕がありました。

すみません。とても保護者の皆さまには公開できない授業風景でございます。
ちなみに、「ネコミミが萌える」という結論に達しました。

それで、長いこと忘れていた、私の人生の師を思い出しました。

20代のころ、会社員をやめて、自分の腕一本で独り立ちするタイミングを見計らっていた私の背中を押してくれる原動力となった恩人です。

まだ、私が花の女子大生だった頃。毎日のように日替わりで単発のバイトをいれていた時期がありました。大学の掲示板やフロムAなどをまめにチェックして、入れようと思えば毎日何かしらバイトを入れることができた時代です。

その日は、晴れていて、太陽がまぶしかったことを覚えています。
JRの荻窪駅で降りた私は、駅前をちょっとうろうろしていました。たぶん時間調整していたんだと思います。普通ならそういう時は本屋に立ち寄って、立ち読みでもするのですが、その日はなぜか喫茶店にはいりました。

茶店の外観にひかれたんです。
私好みの、お花のハンギングバスケットがいっぱい飾られていて、手作りの看板も愛らしく、喫茶店というよりは、ガーデニングが趣味の奥様が住んでいるおうちっていう感じ。

「ちりんちりん」という鈴の音と共に手動のドアを開けると、中はとてもこじんまりとしていました。二人がけのテーブルが少しと、小さなカウンターがあるだけ。でも、どこかのお家のリビングに招待されたようなくつろぎを覚える空間でした。

お客さんは、私以外は、黒い背広を着た営業マン風の男性がひとりカウンターにいるだけ。
「いらっしゃいませ」
といって、お水とメニューを持ってきてくれた女性が、ママさんのようでした。

ママさんはエプロンドレスを着ていました。
結構、お年は召してらしたと思うんですね。
年齢はよくわからないけど、たぶん50代くらいだったと思う。

それが、ピンクの細かい花柄のロングスカートに、フリルのいっぱいついた白いエプロンをかわいく着こなしていらした。赤毛のアンの世界っていう感じ。

紅茶とケーキのセットを頼みました。
店員さんはほかにはいなくて、ママさんが全部ひとりでやっているようでした。
予想どおり、かわいい食器にのせられて紅茶とケーキが運ばれてきました。

私が、一人で紅茶を味わっていると、ママさんと営業マン風の男性の会話が始まりました。
狭い店内で、ほかにお客さんは誰もいないのですから、筒抜けです。

「ですから、さっきも申し上げたように、半年分たまってますので、今日、一ヶ月分でもかまいませんから、お願いしますよ。」
「あら〜、でもね、あなたの前の方、ほら、なんてお名前だったかしら、そう、白石さん?白石さんが、お試しにちょっと入れさせてくださいっておっしゃって、困っていらっしゃったから、だから、そういう約束で、いれていただいたのよ。だから、あなたはそんなことおっしゃるけど、でも、白石さんが、そういう約束をされたから、だから、私も、ずーっとそのつもりでいたから、だから、白石さんとお話していただけない?あ、お茶、お代わり召し上がる?ちょっとお待ち遊ばせ。今、取り替えて来ますから。」

ママさん、巧みな話術で営業マン君をけむにまいています。
私が、営業マン風だと思った男性は、本当に営業マンで、どうやらゆうせんの社員の方のようでした。ママさんがゆうせんのお金を払わないので集金に来たらしいのですが、ママが一枚上手で決してお金を出そうとしません。そういえば、店内には、静かなクラシック音楽がかかっています。
お〜、ママさん、ちゃんとゆうせん使ってるじゃないですか〜。

「ホント、ごめんなさいね。わざわざ来ていただいて。でもね、私も今の今までおためしだって思いこんでいたから、だから急にそんなことおっしゃられてもねえ。」
「いや、だから先週もうかがったじゃないですか〜。」
「あら、あの時は、ちょっと立ち寄っただけですっておっしゃって、おかまいもせず、そんなご用だったの?」
「いやあ、参ったなあ。ボクも会社、帰れないんですよ。」
「あら、そうお。」
・・・

私のカップのお茶がなくなったことをめざとく見つけたママさん、
「おかわり召し上がります?」
「お願いします。おいしいですね。」
「そうでしょう。ケーキは手作りなのよ。お茶も私がブレンドしているの。」

営業マン君、ついに根負けして帰っちゃいました。
会社帰って怒られただろうな。

その時は、まだ、私は大学生で、自分の将来なんて全然見えていなくて、第一、働きたいとも思っていなかった時期だった。でも、ママさんの営業マンのあしらいには、ものすごく衝撃を受けた。

それまで、私は、集金が来たら、素直に黙って払うものだと普通に信じていたわけです。
それが、ああだこうだとのらくらのらくら営業マンをかわしているママさんを目の当たりにし、人間同士の駆け引きの妙というものを知った。

ママさんひとりできりもりしている喫茶店なんて、ゆうせんという会社に比べたら、ちっぽけでふけばとぶような存在だったはず。でも、ママさんは負けていなかった。

結局、人間として、ママさんのほうが営業マン君より何枚も上手だったってことです。

あ〜、これが荻窪の駅前で細々と喫茶店を続けていられるコツなんだってわかった。
ファンシーなエプロンドレスを着て、ハンギングバスケットを店先にいっぱい吊して、手作りケーキを出しているからって、中味もマシュマロみたいかっていったら全然違うんだ。したたか、っていうのはこのママさんみたいな人のことを言うんだって悟りました。

あの喫茶店に入ったのは、あの時が最初で最後です。
20分から30分くらいお店にいただけに過ぎない。
でも、ママさんは私の人生の師。

30歳を目前にして、会社員をやめてこれからは自分の腕一本で食っていくんだって覚悟を決めたとき、ママさんのことを思い出した。

そうだ、あのママさんのようにやればいい。
世の中の人に、「か弱い女性だから」って言ってなめられて、ばかにされてもいいじゃないか。
弱くって、いつも負けてるような顔をして、でも実際は、こっそりと勝って行けばいいじゃないか。最後の最後に負けなければそれでいいんだ。食いっぱぐれるくらいなら、なめられて生きて行こうじゃないか。

実際、自分の腕一本で食っていくっていうのは、大変でした。
本業以外のところで大変なことが多かった。
思いもよらないところで、女一人自営業っていうのは信用がなくって苦労した。

でも、そのたびに私はママさんのことを思い出します。
花柄のエプロンドレスで華麗に営業マンを追い払ったママさんの強さを、私もほしい。

だから、年に一回くらい、ここ一番の勝負時には、ママさんを思い出して、思いっきりフェミニンに、思いっきりなよなよと勝負をかけることにしている。相手が普通の世界の人であれば、話術でかなりの譲歩を引き出すことは可能。

そうそう、あの営業マン君は、帰るとき、お代を払っていませんでした。
タダでお茶をごちそうになって集金しようなんて、虫がよすぎるわね。
だって、ママさんはお茶を出して生計たててるのよ。
お代は置いて帰るべきだったわね。

ママさん、今、どうしているかな。
もう、お店はとっくにやめちゃったかもしれないわね。

ママさんは知らないでしょうけど、私はずっとママさんの一番弟子を自負しています。
私も50代になってから、エプロンドレスでぴしっときめたいわ。

victoria007でした。