お母さんへ

お母さんへ

今日は母の日ですね。
月並みですが、お母さん、ありがとうと言わせてください。

日頃、親不孝を重ね、ろくすっぽあいさつにも行かない不肖の娘からいきなりありがとうと言われても素直に受け取ることができず、
「今さら何よ。それより、プレゼントは何かしら?」
と言って、私が持参したデパートの袋にさっさと手を伸ばすあなたの姿が目に浮かぶようです。

母の日のプレゼントが文句なしに成功した年はなく、たいてい後から何かしら注文がつくので、
「ええい!今年はプレゼントはなし!」
と決めて手ぶらで行ったことがありました。

プレゼントの話はスルーしようというもくろみは、玄関のドアを開けた瞬間に打ち砕かれ、
「あら、どんなサプライズが送られて来るのかしら?楽しみにしてるわ」
と言い放たれたあの時、
動揺を隠すため、とっさに
「料亭に予約入れたから」
と言ってしまい、あとから、
「お得意様に同じメニューをお出しすることは決してありません」
というのがモットーの、超高級料亭に連れて行く羽目になりました。

料亭のおかみさんと、堂々とお部屋の掛け軸だの器だののうんちくを披露しているあなたを見ていると、根っからのお姫様なんだなあ、と改めて感心。

そうです。
私のお母さんはお姫様でした。

お姫様として育てられ、お姫様として嫁いだつもりだったので、たいていの家庭でお母さんが普通にやっている家事というものがとても苦痛だったに違いありません。

おそらく、一刻も早く家事から解放されたかったあなたは、小学校入学前から徹底的に私に家事を教え込みました。

おかげで、小学二年生から、忙しかったあなたの代わりに家族のための夕食を作るのが私の役目となり、
「やけどをしてキズモノになったらオヨメにやれないから」
という理由で禁じられていた天ぷら以外は何でも作れるようになりました。

あのころ、毎週土曜日のお昼のメニューはインスタントラーメンと決まっていました。
午前中の授業が終わって、12時半頃に
「ただいま」
と私が帰ってくる声を聞くと同時に、キッチンからなべに水を入れる音が聞こえました。

なべにはお水とざくざく切られたキャベツ。
「ラーメンだけだと栄養が偏るから」
という母の気配りでした。
お湯が沸騰してなべがぐつぐついってきたら、日清の出前一丁を袋から取り出して放り込みます。
箸でかき混ぜながら、キャベツがしんなりしてきたところで火を止めて粉末スープ投入。

半煮えのキャベツがスープを吸収してしまい、いつ食べてもキャベツの芯の味しかしないラーメン。
いつの間にか私はラーメンが嫌いになっていました。

あなたが留守で、家に私とお父さんしかいなかった時、

「ラーメンしか自分で作ったことがない」
という料理下手のお父さんが、お昼にラーメンを作ってくれたことがありました。

まず、計量カップで水を正確に500ml計り、
しっかりと沸騰するのを見届けてから、麺投入。
時計できっちり3分計測し、粉末スープ投入。
具は、生卵のみ。

できあがって、びっくり。
なべのふたを開けると、ラーメン屋さんのそばを通った時のような香ばしいいいにおい。
麺もちょうどいい硬さで、スープの味がよくしみていて・・・

ラーメンって、ちゃんと袋に書いてある作り方通りに作れば、こんなにおいしいんだ・・・

その後、大人になって、あちこち旅行したり、いろんなお家でお食事をごちそうになったりするうちに、あんなにキライだったスパゲティもチャーハンも実はとても美味であることを知り、大好きになりました。

そうです。
私のお母さんは料理がキライでした。

入学した中学は給食がなかったので、毎朝お弁当を作らなきゃといって新しいお弁当箱を買ってもらったけど、使ったのは初日だけ。

それなのに、真新しいカバンを開けるたびに、お弁当からこぼれた汁の、しょう油とケチャップとマヨネーズの混ざったにおいがぷ〜んと漂ってきたっけ・・・

私が、
「お弁当は重いから、駅でパンを買っていくからいいよ」
と言うと、残念そうなふりを装いつつも、いそいそとお弁当箱を消毒して戸棚にしまっていましたね。

あんなに料理がキライだったのに
毎朝ご飯を作ってくれてありがとう。

おかげで娘はナベと包丁さえあれば何でも作れる器用な女に成長しました。

「いいお家にオヨメに行って、いいお母さんになれるように」
と言っていろいろ仕込まれたはずなのに、
料理の腕はもっぱら男を胃袋からおとすために使われ、
厳しくたたきこまれた礼儀作法は年上のおじさま方に取り入るための道具となりました。

やや目的外使用ではありますが、
お母さんに教わったことで、ムダになったことはひとつもありません。

今まで育ててくれて本当にありがとう。

口には出さないけれど、
今でもその腕にかわいい孫を抱ける日を夢見ていることは知っています。

残念ながら、その夢をかなえてあげることはできないと思うけど、
歳をとるのが何よりもキライで
60歳の誕生日以降、年齢を数えるのをやめてしまったでしょ?
だから、不肖の娘からの精一杯のプレゼントとして、
これからもずっと「お母さん」と呼ばせてください。

お母さん、ありがとう。
いつまでも、若々しくてキレイな自慢のお母さんでいてね。

Victoriaより