伊関友伸著「地域医療 再生への処方箋」 第1章 なぜ自治体病院の経営は破綻するのか

地域医療 ~再生への処方箋~

地域医療 ~再生への処方箋~

第1章では、銚子市立総合病院の経営破綻を例にして、「なぜ自治体病院の経営は破綻するのか」がまとめられています。

銚子市立総合病院破綻のドキュメントを読むと、もともとぎりぎりいっぱいのところで自転車操業的な経営をしている病院が、ちょっとしたきっかけでがらがらと崩れていくっていうことがよくわかります。

特に注目すべきなのは、市長と市議会議員が医療に対して無理解であったことがひきがねになって大量の医師の退職を招き、崩壊を決定的なものにしてしまった点です。

今日は特にそこをまとめてみたいと思います。

1 自治体病院を崩壊させる「政治リスク」

銚子市立総合病院の医師の大量退職は、当時の市長が、病院長の給料を月9万3000円引き下げたことが契機となっている。病院長の働き自体はなんの落ち度もなく、行政改革の観点から役所の一律ルールで給料を下げた。このことが、医師を派遣していた大学が医師を引き上げることにつながった。

たった、年100万円程度の削減で13人の医師の退職を招き、軽く10億円を超える損失を招いたのである。

一般の公務員ならこの程度のことで辞めないかもしれないが、売り手市場の医師は簡単に、しかも大量に退職する。市長は、病院や医師に対して「専門職」として敬意をもって接しなければならない。

2 不勉強な議員の暴言で地域医療は崩壊する

銚子市議会では、一部議員が病院長や病院の再建努力に対して理解がなく、暴言と言うべき厳しい発言があったことが現場で働く医師達の心を傷つけた。不勉強な議員の暴言で医師が辞めた場合、その情報はあっという間にインターネットで全国に広がる。そのような自治体は「聖地」と呼ばれ、もはや医師達が勤務することはない。議員の暴言は医師を辞めさせるだけでなく、その後も医師が集まらなくさせるという地域医療にとって「破壊的」な行為なのである。

3 病院を自分の利権の道具に使う地方議会議員たち

暴言だけではない。地方議会議員が病院を利権の道具に使うという例も少なくない。

入退院の口添えが典型だ。

また、自分の関係する業者を病院と取引させる。特に病院の建設は利権の巣窟になる。何らかの形で、保守・革新の別なくすべての会派の議員が病院に要求をする。

4 不勉強なまま思いつきで発言する地方議会議員たち

医療の高度化・専門家が進む中で、医療機関は高度・専門的な医療に特化していくか、高齢者中心の慢性期の医療と福祉の連携に重点を置くかの方向性を明確にすることが必要。

しかし、地方議会議員は医療や病院経営には不勉強なままで、ひたすら現状維持を求める。

高度・専門化した急性期の病院に、高齢者の社会的入院を求め、高齢者しか入院・通院せず、医師数も2〜3人の病院に24時間365日の救急医療を要求する。

5 「人任せ」の住民

市長や議員に、自治体病院を危機に陥れる行動をさせているのは、結局は地域住民だ。

自治体病院の経営や医師の過酷な勤務について住民は「人ごと」で、他人に「お任せ」だ。しかし何か問題が起きると被害者として大騒ぎをする。

多くの住民が「お客様」で、自分のことしか考えられない。軽症でも休日夜間に患者の都合で医療を受ける「コンビニ受診」がその典型。自治体病院は「公」の病院であるため、勝手な患者の要求に対して断ることが難しい。さらに、「モンスターペイシェント」が増え、医療訴訟も増加している。

6 住民の「ウォンツ」に応えることが自治体病院の使命ではない

住民は現状の維持にこだわり、医療機関の再編に対しては強い抵抗を示す。しかし、地域でどのような医療が行われるべきかという「中味」を考えず、「病院」というハードにこだわり、病院があればすべての問題は解決すると考えがちだ。

実際、「わが町に病院を」と主張する住民も、いざ、病気になると大都市にある専門病院に通う人も少なくない。

多くの自治体の首長が「救急」と「入院」を守りたいと言うが、それは深夜でも気軽に医療を行う「コンビニ救急」や、医療の必要の薄い「社会的入院」に対する住民の要求に応えざるを得ないという考えから発せられる発言であることが多い。

医療現場の疲弊を考えず、すべて問題を「お任せ」で、自分たちの要求だけを押しつける地域に医師や看護師は勤務したいとは考えない。そこでは医療スタッフは、一人の人間というよりは、医療をする「モノ」でしかない。

  • 考察

自治体病院が抱える「政治リスク」のところの記述は圧巻でした。

あからさまに入退院の口利きをする議員とか、今時そんなの次の選挙では落ちるぞ、と思いますけど、でも病院新築や増築の工事に介入してくる議員なんかは今でもいますから。病院の工事って、「普通の建物とは違って専門技術がいるから」とかなんとかで、単価も高いし。

伊関さんも何度もふれているように、2008年度内に、「公立病院改革プラン」を作成することとなり、自治体病院は経営改革に取り組まなければならなくなったので、これから先3〜5年で、自治体病院の再編や経営形態の見直しがどっと行われると思う。

自治体の合併を促進した次は、自治体病院の合併か。

自治体の合併でも、心配されたとおり、昔の郡部は行政から置いていかれるという問題は生じている。自治体病院の再編も、もっといろんな問題を顕在化させると思う。

だって、地方の過疎化、高齢化がもっとも凝縮された形ででてくるのが自治体病院だもの。

村上さんも言っていたように、病院っていうのは地域の安全保障なんだ。

だから、いざ、お世話になる時が来てから考えてももう遅い。

日本は高齢社会のまま、今後何十年かやっていかなければならないのだから、今、ここで、自治体病院の在り方について住民が納得できるかたちで制度設計しないと、取り返しのつかないことになると思う。

日本人って、制度設計してしまうと安心しちゃって、あとはその制度のことは忘れる民族だからね。

この本は、ものすごくおもしろいんで、続きも読みたいと思います。