伊関友伸著「地域医療 再生への処方箋」 第2章 奈良県の自治体病院の課題
- 作者: 伊関友伸
- 出版社/メーカー: ぎょうせい
- 発売日: 2009/12/16
- メディア: 単行本
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全部で10の病院のレポートがありますが、その中でいくつかピックアップしてみます。
1 県立奈良病院
県立奈良病院は、これまで大変経営の良い病院だった。2003年から2005年は医業収支比率が100%を超えていた。
しかし、初めて訪問したとき、行っている高度・専門医療や収益の良さと病院施設との落差に驚いた。2008年に医療スタッフにヒアリングを行ったところ、奈良県が必要な投資をしていないことが浮かび上がった。
ヒアリングで出された指摘の一部を紹介する。
・建物が古くIT化を想定して建築されていない。
・停電で電気が止まるようなところで手術はできない。
・電子カルテの導入を検討したが、医療機器のデジタル化に12億円かかり、電気の容量が足りなく工事の必要性があることから立ち消えになった。
・調剤支援システムがWINDOWS95である。
・理学療法士を一人雇用すれば一千数千万収益が上がるのに人事課の定数の縛りで採用できない。
・トイレは和式で車いすの使えるトイレがない。
・宿直室はボロボロで更衣室もない。
・夏休みも計画的にとれず、「明日休んで」というような形で取らざるを得ない。
・祭日は買い上げ。
・患者のスタッフへの当たりは厳しく毎日のようにクレームがある。
・行き過ぎたクレームで警察を呼んだこともある。
・職員が苦労して新しい病棟の建築計画を作ったが、なしのつぶてであった。
県立奈良病院への一般会計からの繰入金は2001年の10億円から毎年縮減され、2007年には2.6億円まで減っている。医師の平均月額給与も全国最低である。医療機器や備品の投資も少ない。
最近では経営が急激に悪化しており、回復の兆しは見えない。
2 奈良県立医科大学 大学附属病院
奈良県立医科大学にも十分な投資がされていない。交付金の少なさを医師・看護師などの現場職員の激務と低い給料で補っている。
地元の橿原市の住民の附属病院に対する姿勢も問題である。例えば、
・紹介患者中心の三次の専門医療を提供しているのに、附属病院をかかりつけにしている住民が多い。
・朝から大量の患者が外来の窓口に並び、予約を入れられない。
・休日夜間の軽症での受診が多く、現場が疲弊している。
・何かトラブルがあれば、院長を出せと要求する患者も少なくない。
・度の過ぎたクレームを行う患者の対応のため、退職警察官を採用している。
2007年に非公務員型の地方独立行政法人化を行ったので、意思決定について独立性が高まった。ただし、法人化の際に看護師が大量退職しており、今も看護師の数は戻っていない。
世界遺産に指定された熊野古道のある吉野町に立地する病院で、高齢者の入院が多い。住民性は穏やかで夜間の軽症での受診は少ない。
しかし、財政は厳しい。一般会計から繰入を行ってもまったく足りず、2007年度は年度末の手持ち現金が586万円であった。2008年には「吉野病院あり方委員会」が設置された。
指定管理者制度を導入し、社団法人地域医療振興協会に運営が委託されている。
医師数が2004年度の37人から2008年度の59人に大幅増加。予算や組織定数制度に縛られないので、とにかく決断が早いことが特徴。医療機器もスピード感を持って購入している。雇用の仕方も短時間勤務など多様な勤務形態を取り入れている。
5 へき地診療所
現在、奈良県内のへき地診療所では常勤医が相次いで退職し、診療機能が低下しつつある。
医師が一人だけで勤務する小規模な診療所が多く、医師が孤立しており、情報不足、研修や代診などの支援が不足している。24時間365日一人で地域のすべての医療を担うのは負担が大きく、神経が休まらない。重症の患者を町の職員の車に同乗して病院に送らなければならないこともある。
医療を現場の医師にすべて「お任せ」にし、行政としては何もしない市町村も少なくない。
(1)過小投資
奈良県では自治体財政が厳しいことから、ほとんどの病院が基準より少ない金額しか、一般会計から繰り入れられていない。
したがって、
待遇が悪くて医師が集まらない→医師の負担が重くなる→激務に耐えられず医師が退職し残った医師の負担増→ますます医師が集まらない
という悪循環が生じる。
地域の医療を守るために自治体がきちんとした繰り出しを行うべきであるが、自治体病院への財政負担は病院を設置している自治体だけが担うべきなのかという問題もある。
病院を訪れる患者は、設置自治体の住民だけではない。だから、「自治体病院を持った自治体が損をする」という構造が存在する。周辺自治体全体で支えていくことが必要であろう。
(2)医療機能の再編の必要性
奈良県内の自治体病院は、内科系については循環器系、消化器系、呼吸器系と医局ごとにまとまって派遣する形がとられており、少ない医師数でも専門性を発揮している。しかし救急では、医療圏の中核となる二次の病院をつくる必要がある。
医療機能の見直しは医療を知らない行政が机の上で絵を描き強制的に進めるのではなく、「現場」と時間をかけて話し合い、医療の視点から最適の結論を導き出すことが必要だろう。
(3)住民の意識
これまで、奈良県では自治体病院のことを考える住民がほとんどおらず、積極的に病院に投資することを求めてこなかった。また、医療機関を受診する意識も変える必要がある。
筆者が医師不足の現状と休日夜間の軽症の受診の抑制の必要性を訴える講演をしたところ、「言うことはわかるが、そんなことを言われてもムリだ」という感想が多かった。残念ながらそういう自治体はあまりない。
ある病院には「酒を飲んでの受診お断り」という掲示があった。一部患者のために掲示せざるを得ないという。
県民に対しては、きちんと情報公開がされ、県民が地域医療の「当事者」であることを理解する必要がある。
- 考察
妊婦さんが受け入れを拒否されたというニュースがありましたが、あれはたしか奈良県だったと思います。
自治体からの繰入金の少なさが自治体病院の体力を弱らせるということがよくわかりました。
伊関さんのブログでは、様々な問題が議論されています。
伊関友伸のブログ
第1章についてはこちらをご覧ください。
伊関友伸著「地域医療 再生への処方箋」 第1章 なぜ自治体病院の経営は破綻するのか - Victoriaの日記
第7章についてはこちらをご覧ください。
伊関友伸著「地域医療 再生への処方箋」 第7章 自治体病院の「赤字」について考える - Victoriaの日記