女子をこじらせて (3) 書くということ

こんにちは。Victoriaです。

女子をこじらせて

女子をこじらせて

三日前に読み始めた「女子をこじらせて」。
昨日、
第2章 セックスをこじらせて 4 ユミと呼ばれた女
まで読んだところで、いったんやめて感想を書き、(女子をこじらせて (2) セックスをこじらせて - Victoriaの日記
今日は、第2章の続きと第3章を読んで、読了。




全部読み終わって感じたのは、
昨日読んだ第2章 セックスをこじらせて 4 ユミと呼ばれた女のところで、
雨宮まみさんが、大きく変わっているということ。



そこまで読んで、いったん本を閉じたくなったのは、
実は、正しい読み方だったんだってことが、よくわかった。




ずっと女子をこじらせたまんま、
バニーガールのバイトをしながらAV漬けの毎日を送り、
テレクラで知り合った男の人と真剣交際しようとするも、
自分で自分をちっとも好きになれない自分を好きになってくれる男のことが好きになれるはずもなく、
ドツボにはまっていた雨宮まみさんが変わるきっかけは、
ライターの仕事を始めたこと。





その後も、
たしかに引き続きこじらせてはいるんだけど、
こじらせの内容がこの時期を境に変わり、
明らかに昔のこじらせを踏み台にしてステップアップしている。





ライターになるまでの雨宮まみさんのこじらせは、
100%自分の内面で起こっていたことなんだけど、
その後のこじらせは、
社会との関わりの中で出てきたこじらせで、
こじらせが情報公開されちゃった部分があって、




そうすると、何が変わったかというと、
こじらせをこじらせのまんま、放置しておくことができなくなってしまって、
職業人としての責任ていう意味もあるけど、
文章を書くということで、
直接、間接に他人に雨宮まみさんの言葉が届くようになり、
反応もよりダイレクトに返ってくるようになった。




だから、ひとりもんもんとこじらせていた時に比べて、
相手があることだから、
きつかった部分もあると思う。
時には、それが原因で、
ケンカしなくちゃいけなかったりもするし。




でも、そうやって逃げ隠れできない状況に自分を追い込んだことで、
いい意味で開き直りができるようになり、
また、敵ができれば、同じくらい、味方もできるから、
それをバネにして正面から立ち向かっていく力もわいてきたんだろう。




こじらせた自分を抑えつつ書くという方向に向かわずに、
逆に、こじらせた自分の内面をどんどんさらけ出して、
最後の一滴まで絞り出すという戦略に出た。




その集大成が「女子をこじらせて」。





あとがきを読むと、
脱稿した後、
10年間住み続けた住まいを出て、
新居に移り、
それを機会に、大断捨離大会を敢行。
30数年つきあってきた自分のこじらせにも決着をつけ、
毎日、笑って暮らしてる模様。




雨宮まみさん、
こじらせ女子、卒業したんだね・・・
おめでとう!





・・・


卒業してしまえば、
あれは何だったんだっていうようなものなんだけど、
でも、35年間、こじらせてこじらせて苦しんできた歳月っていうのは、
ダイヤモンドの原石のようなもので、
決して消えない輝きを一生放ち続けてくれると思う。




雨宮まみさん、
これからも、ずーっとこじらせ女子の水先案内人でいてね・・・




・・・


それでね・・・
雨宮まみさんが、こじらせ卒業したきっかけは、
自分のこじらせを書き続けたことだったんだけど、
書くということはすごい魔力を持っているって、
最近、考えることが多くて、




私も、毎日Victoriaの日記を書いていて、
誰に頼まれたわけでもなく、
何を書かなければならないという縛りもなく、
勝手気ままに書いてるだけだから、
はっきり言って、ウソばっかり書くこともできるのね。




でも、結局、




ウソは書けない




ということが、よくわかった。




事実関係でちょっとごまかすっていうのは、
できるし、実際、ちょこちょこやってるんだけど、




例えば、一週間前に起こった出来事を、
さも、昨日の出来事のように書くとか・・・




だけど、





思っていないことは、書けない。





うん、これは、ホントにそうで、
読み終わって、
全然おもしろくないや〜って思った本のことを書こうとしても、
一文字も書けない。




ほんの少しでも、
自分がおもしろいと思えるポイントがないと、
全然、文章が出てこない。




逆に、
本を読んで、
何かそれに関連した自分の体験を思いだして、
そのことについて書いてるうちに、
それが呼び水になって次々といろんなことが浮かんでくる時って、
もう、止めようがないのね。




それで、
そうやって、自分の過去について書いてると、
不思議なことに、
心のなかにひっかかってた事件に落とし前をつけていくことができるのね。




雨宮まみさんも言ってるように、
すっごく心が軽くなっていく。




たぶん、
書くということで、
記憶の組み替えが起こっているんだと思う。





それは、自分の心にウソをつくとか、
自分に都合のいいように解釈するということではなくて、
過去の自分を客観視することでできる、
一人セラピーみたいなものなんだと思う。





ああ、あの時の自分は、
こうだったんだ・・・ってことが腑に落ちると、
その時点で記憶が修正される。





・・・ということで、本日の結論 :




書くことで、記憶は上書きされる。





Victoriaでした。



・・・

「女子をこじらせて」バックナンバーはこちらです。

女子をこじらせて (1) もっとチャラチャラしたかった - Victoriaの日記
女子をこじらせて (2) セックスをこじらせて - Victoriaの日記