号泣

その日、
新しい生活へと旅立つ私を、
なぜだかカレは見送りに来た。






明日、
何時に発つの?っていうから、
空港に着かなければならない時間を教えたんだけど、
まさか、
空港まで来るとは思わなかった。







空港行きのバスに乗り込む時、
当たり前のように私のリュックをヒョイッと持ち上げ、
さっさと荷物置き場に並べると、







私の方を抱きかかえるようにして、
窓際の席に座らせて、
上機嫌で隣の席にドスンと腰をおろした。







このバス、
わりと空いてるね、
なんだろ、
今、オフシーズンだからかな・・・







そんな、
どうでもいい話を、
ずーっと上機嫌でしゃべり続けたカレ、








あっという間に空港に着いて、
さあ、
お見送りの人はここまでです、というエリアに着いた時、
初めてまじめな表情になり、








「それで、
次はいつここに戻ってくるの?」







ごめんなさい、
もうこの街には戻ってこないと思う・・・
荷物も全部送っちゃったし、
次の目的地は決まっているけど、
その先は自分でもどうだか・・・








「そっか・・・



じゃあ、



もし、また会えたら会おう。



元気でね」





そう言って、
その国の人がよくするように、
さよならのキスを、
左の頬にひとつ、
続いて右の頬にひとつ・・・







・・・のはずが、
左から右に移動する途中で、
二人の唇がうっかり触れあってしまい、
そしたら、
離れられなくなって・・・








・・・


カレと何度目かわからないハグをして、
本当に離ればなれになった時、







自分でも信じられないくらい涙があふれ、
止まらなくなってしまって、







結局、
目的地に着くまでずーっと泣き続け。








カレとは、
ただの友達で、
2、3度お茶したことはあったけど、
でもいつもみんなでわいわいしていたから、
二人きりになったことはないし、







そういえば、
キミにぜひ読んでほしいからって、
本を貸してくれたけど、








私の趣味には合わなくて、








「もう読んだ?」






って、
毎日のように尋ねるカレに、







ごめんなさい、
忙しくて・・・
って、
言い訳にならない言い訳していたっけ・・・








どうして、
いっしょに読んでって言わなかったんだろう・・・







カレは、
これから夏の休暇中、
バカンス客のたくさん訪れる避暑地で働くって言ってたけど、
私もいっしょにおいでって、
ホントは誘っていたんじゃないだろうか・・・







その時、
私は、
地球の裏側に住んでる恋人と遠距離恋愛中で、
その日、
意を決して恋人のところにすべての荷物もろとも転がり込もうとしていて、









カレと話していても、
何もかも上の空、








もしそうでなければ、
もっとカレの気持ちに早く気づくことができ、
後戻りができたはずなのに・・・








・・・



あの日、
やさしくて
おもしろくて、
思いやりに満ちたカレとの運命の糸に気づかず、
機上の人となった私は、









長い長いフライト中、
ずっと泣き続け、
見知らぬ国で、
私の片思いだった彼との生活をスタートさせた。








結果的に、
最後まで私の片思いで、
すべての過去を断ち切って、
もとの生活には戻らない覚悟でやってきた私を待っていたのは、








暴力と裏切り。








しかし、
なぜだか彼が怒るのは全部自分のせいだ、
言葉もよくわからず、
生活習慣もよく知らない私がダメなんだと思い込み、
半年間ガマンして、









結局、
残ったのは彼の国の言葉がしゃべれるようになったことだけ、









最後は、
彼が以前からつきあってる彼女と、
別のアパートで引き続き同居してることに、
ようやく気づいて、
その恋は終わった。








恋心って、
あてにならないよね・・・









あの時、
見送りに来てくれたカレと、
別れる前に好きだって気づいていれば、









カレの姿が見えなくなる前に、
涙がこぼれていれば、









エンジントラブルでもあって、
出発が遅れていれば・・・









忘れたくても忘れられない、
運命の分かれ目だったあの日、









私の青春は終わった。









あれから、
片思いはしていない。









(by Victoria)