ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part 5 (66) クビライ政権の失業対策 官僚編

こんにちは。Victoriaです。

2012/12/02 京都大学百周年時計台記念館で開催された、
ライフネット生命保険の出口社長に歴史を学ぶ 13世紀の世界」講義録のまとめ、
今回は、「クビライ政権の失業対策 官僚編」







さて、
こちらの記事でご紹介したとおり→ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part 5 (61) 1281年、弘安の役は日本への移民船団だった? - Victoriaの日記
南宋を接収したクビライ、
たくさんいる軍人をほっとくと大変なことになるからと、
軍人の失業対策敢行。






軍人に仕事与えなきゃ

そうだ!日本があった!日本に植民させちゃえ!

弘安の役(=第2回日本遠征)

ありゃりゃ?台風?やべー、やべー、みんな船沈んじゃったよ・・・

軍人いなくなったから失業対策終了?








一方、
南宋には、
軍人と同じくらいたくさんの官僚がいて、
なんといっても、
中国は、世界最強の官僚社会だから、









こっちはこっちでほっとくとまた別の意味で大変なことになるので、
クビライが考え出したのが、








出版事業。








お勉強が得意な人には、
書斎にこもって、
ずーっとお勉強しててもらいましょうということで、








結果、
後世に残る膨大な古典の数々が生み出された。







例えば、







「事林広記」








これは、
一種の百科事典。









この時代に出版された書物の影響を、
日本も多大に受けており、












中国との交易を、
積極的にすすめていた平清盛の死後、
源頼朝の時代になってすっかり貿易をやめてしまって、










鎌倉時代になると、
しょーがないので、
密貿易が横行、











中国にお勉強に行くお坊さんたちも、
密出航せざるを得なくなったんだけど、












そんな中で、
持ち帰った書物をもとに、









五山版









などが出版されるに至った。










ほかに、
この時代の中国から伝わった文化で、
日本に定着したものに、










茶の湯









がある。










中国では、
お茶の飲み方は、
時代によって違っており、










南宋の時代には、
固めたお茶を粉にして、
茶碗に入れてかきまぜて飲む方法が流行っていた。










明、清の時代になり、
人口が増えて、
たくさんの人がいっぺんにお茶を飲むようになると、









いちいち、
お茶を茶碗でまぜまぜしてたら間に合わないので、









やかんに、
ドバッと茶葉を入れて飲む飲み方が浸透したとのこと。










なるほどね〜。










グローバリゼーションという観点からいうと、











平清盛以後の日本のおさむらいさんで、
外に目を向ける人というのは、
織田信長くらいまで誰もいなかったのかしらね・・・???











Victoriaでした。

・・・

ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ
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ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part5 まとめ - Victoriaの日記





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