ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part 6 (8) 第7代皇帝カイシャン 突然死のナゾ

こんにちは。Victoriaです。

2013/04/14(日)、京都大学百周年時計台記念館で開催された、
ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part6 14世紀の世界」講義録のまとめ、
今回は「第7代皇帝カイシャン 突然死のナゾ」。




さて、
帝王クビライ亡き後、
史上最大規模のモンゴル会戦を経て、
ようやく一つの帝国としてまとまりつつあったモンゴル帝国



イマイチな皇帝テムルの後を引き継いだ、
第7代皇帝カイシャンは、
若くて有能、
人柄もよく、
このまま平和な世が続くかと思われたが、



なんと!
即位後たったの3年半で、
死んでしまう・・・



弱冠31歳、
しかも、
突然体調を崩し、
あっという間に死んでしまったそうで、



これは、
ガチで暗殺だろ?




と思ったので、
ちょっと調べてみました。



杉山正明モンゴル帝国の興亡 下」によると、

モンゴル帝国の興亡〈下〉 (講談社現代新書)

モンゴル帝国の興亡〈下〉 (講談社現代新書)



どうやら、
カイシャンの実母ダギと実弟アユルバルワダが怪しい。




なぜなら、
カイシャンが死ぬやいなや、
待ち構えていたかのように、
カイシャン政権の政府首脳がことごとく処刑され、
あっという間にアユルバルワダが第8代皇帝に即位したからだ。



実母が息子を殺す?
そして、
もう一人の息子を皇帝に?




むっちゃ、
ドロドロの世界じゃないか・・・




ということで、
ここらへんの人間関係相関図を書いてみた。




ただ、
首謀者は実母ダギであるらしく、
アユルバルワダは、
念願の帝位を手にしたというのに、
兄の亡霊におびえたのか、
引きこもりになってしまったそうで、




そこで、
続いてダギという女性のことを調べてみると、
衝撃の事実が・・・





(以後、Victoriaの趣味でダギをめぐる愛憎物語をさがしあててきました)




ここで、
もう一度、
さきほどの人間関係相関図をご覧いただきたいのですが、




そもそも、
テムルが第6代皇帝に即位できたのは、
彼の兄ダルマバラが早く死んでしまったからで、




つまり、
ダギという女性は、
早くに未亡人になっているわけです。




子どもは、
カイシャンとアユルバルワダの二人のみ。




それで、
ダギは、
なかなか由緒正しき家柄の出身だったんだけど、
大変な美人で、
女の魅力をいかんなく発揮するタイプだったらしく、



テムルは、
未亡人になった兄嫁に惹かれ、
自分の後宮にいれようと画策、




ただ、
これは、
実現しなかったんだけれども、




テムルには、
ブルガンという正式な奥さんがいたわけで、
病弱なテムルに代わり、
政治を動かすくらいのやり手だったから、
自分の夫が、
兄嫁に惹かれたのを知って、
おもしろいはずがない。




なので、
怒ったブルガンは、
カイシャンおよび、
ダギ、アユルバルワダの3人を、
大都から離れた地へ飛ばしてしまう。





杉山正明氏によると、
モンゴル世界では、
父や兄が死んでしまった場合、
その奥さんを、
下の者、つまり子や弟がめとるというのは、
一種の文化で(レヴィレイトと言う)、
テムルとしては、
エチケットとして求婚しなければならなかったはずだとのことなんだけど、
気の強い女性ならカチン!と来て当たり前・・・





それで、
この時、
ダギとアユルバルワダ母子は、
カイシャンとは全く別の土地に、
二人まとめて飛ばされてるのよ・・・




つまり、
長男のカイシャンとは疎遠となり、
次男と母との間に、
特別な絆ができたとしても、
何の不思議もない・・・




実際、
テムルが死んだ時、
西方にいたカイシャンが「大返し」して大都をめざしたことは前回みたんだけれども→ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part 6 (7) パックス・モンゴリアの到来 - Victoriaの日記
実はこの時、
ダギとアユルバルワダ母子も、
帝位奪還のため、
大都へと向かっている。





結果的に、
カイシャンがサクッと帝位についてしまって、
しかも、
絶大な人気を誇ったわけだから、
このままだと、
亡きクビライのように、
カイシャンの長期政権となってもおかしくない。




じゃあボクはどうなるの?
お兄ちゃんばっかズルい・・・




と言ったかどうかはわからないが、
あせった母子が、
カイシャンを亡き者にしようと画策し、
毒殺したんだとしたら・・・???






・・・ということで、本日の結論 :





全くの他人を殺すのならともかく、
自分が産んだ子の片方を殺して片方を王様にするとか、
激しすぎて理解不能・・・





アユルバルワダは、
10年間皇帝をつとめた後死んでしまい、
その子シディバラが第9代皇帝についたが、
ダギは孫を傀儡の皇帝として、
実権をふるい続けた。




結局、
ダギは12年間にわたり、
モンゴルの遺産を食いつぶし、
好き勝手なふるまいを続けたことになる。




クビライが構想し、
盤石な体制をしいていたはずのモンゴル帝国は、
ダギの専権時代に、
崩壊へと向かっていった。





もちろん、
政権内部からの腐敗もその原因のひとつではあるが、
もうひとつ、
人間の力ではどうしようもない変化があった。




地球の寒冷化。




1315年頃から、
ユーラシア全体で、
長期の異常気象が始まり、
数々の天変地異が追い打ちをかけて、
不作・飢饉などで人間の体力が弱っていたところへペストが大流行、
ヨーロッパの人口の3分の1から3分の2が死んでしまったわけで、





そう考えると、
ダギの放蕩は、
モンゴル帝国最後の輝きだったのかも???





Victoriaでした。


ライフネット生命