ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part 6 (25) マンサ・ムーサ王とトンブクトゥの伝説

こんにちは。Victoriaです。

2013/04/14(日)、京都大学百周年時計台記念館で開催された、
ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part6 14世紀の世界」講義録のまとめ、
今回は「マンサ・ムーサ王とトンブクトゥの伝説」。

さて、
今回の舞台はアフリカ、




人類史上最高の総資産を手にした男、





マンサ・ムーア王物語。





史上最高のお金持ちが、
アフリカの王様だったなんて、
実は、
今回初めて知ったんだけど、





どういう計算をしたのかは不明なんだけど、
マンサ・ムーア王の総資産は、
現在の価値にして、




4000億ドル=約35兆円。






35兆円て、
どれくらい大きいの?





経済の話になると、
特に、
金額が兆を超えると、
まったく数字が頭に入らなくなってくる私、






今回は、
ちょっとがんばって、
調べてみました。






2012年の日本のGDPが、
約500兆円だそうです。






ま、
すげえゼニだってことだな・・・






それで、
何でこんなとんでもないお金持ちが、
14世紀のアフリカで出たかってことですが、






金鉱から金がザックザック・・・






マンサ・ムーサ王が、
1324年のメッカ巡礼で、
大量の金をばらまいたため、
カイロの金相場が暴落したという有名な伝説があって、






ラクダの背中に、
大量の金を積んだ隊列が、
カイロで酒池肉林の騒ぎをしたおかげで、






1ミスカル(4.25グラム)=25ディルハムだった金が、
22ディルハムに下落、
10年たっても、
金価格が持ち直さなかったんだとか・・・






マリ帝国は、
1240年から1473年まで続いたんだけど、
もちろん、
マンサ・ムーア王の治世が最盛期。







場所は、
地名言われても、
ピンと来ないので、
地図さがしてきました。






ここにある、
トンブクトゥというのが、
伝説の都市で、







黄金が山のようにあると言われ、
多くのヨーロッパ人が、
アフリカ探検に乗り出す動機となったという・・・







これです、

これはトンブクトゥのモスク、





以上2枚の写真は、
山川出版社の世界史総合図録より拝借。

山川世界史総合図録

山川世界史総合図録







それで、
史上最高の大金持ちの顔なんですが、
これです、

ウィキペディア・コモンズから拝借。






現在のトンブクトゥの街は、
こんな感じ、

ザ・アフリカって感じね・・・






トンブクトゥは、
今では人口5万人の、
ちょっとデカい村で、





周囲の砂漠化が進行し、
そのうち砂漠に埋もれる恐れもあるらしい。




アフリカの他の街と同じく、
貧困にあえいでいるそうですが、






最近になって、
世界遺産に登録され、
また、
パリ・ダカール・ラリーの通過地になったこともあり、
観光客が少しずつ増えてきたんだそうで、






ただ、
政治的には不安定で、
リビアカダフィ大佐が、
活動拠点にしていた住居がトンブクトゥにあって、





カダフィ大佐は、
2011年に殺害されているんだけれども、





カダフィ大佐が活動拠点にしていた家を、
イスラム武装組織が占拠、
2013年1月(ってこれ、今年じゃないか!)
フランス軍空爆を受け、
撤退するという事件があったばかり、






マリ帝国は、
早くからイスラム教を受け入れ、
マンサ・ムーア王も、
もちろん、
メッカ巡礼しているくらいだから、
敬虔なイスラム教徒で、





なんか、
アフリカのことを、
知らなさすぎるよねって、
この項書くためにいろいろ調べていて、
思いました。




実際、
マリ帝国には、
まだ知られていない王がいっぱいいたとかで、





現在、
発掘が進められているそうです。





それも、
アフリカで内戦とか、
もめ事が収まって、
平和にならないと、
進まないよね・・・たぶん・・・






Victoriaでした。