ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part 6 (35) フィリップ4世の娘イザベルの、愛と憎しみのドラマ その4

こんにちは。Victoriaです。

2013/04/14(日)、京都大学百周年時計台記念館で開催された、
ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part6 14世紀の世界」講義録のまとめ、
今回は「フィリップ4世の娘イザベルの、愛と憎しみのドラマ その4」。




イザベルの愛憎劇、
あっという間に「その4」です。




一体、
いくつまで行くかは、
いまだ不明、




納得いくまで書きます・・・






・・・


さて、
フランスで感動の再会を果たした、
イザベルと愛人ロジャー、





途中、
いろいろあったのは一切省略して、
結論だけ言うと、





二人で軍勢率いてイングランドへ攻め入り、
見事、
エドワード2世の確保に成功、





さっさと議会開いて、






とは言っても、
議会を招集するのは王の役目、





なので、
王の召還を経ず、
勝手に議会開いて、
王の出席なしで、
ちゃっちゃとエドワード2世の廃位を議決、






後任には、
エドワード2世の息子(つまりイザベルの息子ってわけね)、
エドワード3世を指名、





めでたし、
めでたし・・・





ここまでのお手並み拝見すると、
イザベルと愛人ロジャーもなかなかやるなって感じなんだけれども、





つか、
エドワード2世、
人望なさすぎ・・・





宮殿で、
あんまりおおっぴらに、
愛人といちゃつくものじゃないですね・・・






ただ、
ここで、
ひとつ、
イザベルとロジャーの思わく通りにいかないことがありまして、






エドワード3世が、
これがなかなかのタマで、





どーせ、
ママはボクを王位につけて、
裏で糸を引くつもりでしょ?
ボク、
その手には乗らないから〜






と言って、





「父から直接譲位がない限り即位しない」






ときっぱり。






なので、
実際に即位したのは、
譲位書を受け取ってからだったとか・・・






う〜ん、
やるねえ・・・





これは、
血でしょうか?





イザベルは、
ほとんど、
子育てって、
してないと思うんですね・・・





幽閉されちゃったり、
国外逃亡したり、
いろいろ、
忙しかっただろうし、





・・・ということで、本日の結論 :





悪妻愚母でも気にするな!
ちょっとワルいくらいのお母さんの方が、
息子が賢くなります・・・






それだけ、
母の悪巧みがあからさまだったってことでしょうか・・・???






即位した時は、
弱冠15歳だったエドワード3世、





最初のうちは、
しぶしぶ、
母の摂政を受けざるを得なかったんだけど、






1330年、
エドワード3世18歳の時、
宮廷革命(=クーデター)を起こして、
母とその愛人を逮捕、






かわいそうに、
ロジャーは、
市中引き回しの刑にあった後、
絞首刑になり、
それでも足りなかったと見えて、
最後は、
遺体をバラバラにされたとか・・・





母をいてこまされた恨み骨髄に達す?







母イザベルについては、
本当は、
同じように、
バラバラにしたかったのかもしれないけど、
どうしても、
生かしておかなければならない理由があった。






ちょうど、
同じ頃、
1328年に、
フランスのかぺー朝は跡取り息子がいなくなって断絶、
ヴァロア朝が誕生するんだけれども、





あくまで、
傍系だったわけだから、






エドワード3世は、
母親のイザベルにも王位継承権があると主張して、
フランスの新しい王にイチャモンをつけていた。





イギリスとフランスってのは、
ずっとこんな感じで、
王家が婚姻関係で、
微妙につながりつつ、
ケンカを繰り返していたわけだけど、






それの、
激しいヤツが、
ここに来て噴出したわけで、





エドワード3世としては、
自分にも、
フランスの王位継承権があるということを主張するには、
その根拠である母イザベルを、
どうしても生かしておく必要があった。






なので、
生かさず殺さず、ということで、
幽閉に至ったと、
そういうわけです。






エドワード3世による、
母親イザベルの幽閉は、
実に28年に及び、







イザベルは、
63歳まで生きたんだけど、







最後は、






「愛人ロジャーと同じお墓にいれてほしい」






と遺言して亡くなってます。







最後は愛する人と同じお墓に入りたいって思うのは、
女なら、古今東西
誰でも同じなのね・・・







Victoriaでした。