結婚はぜいたく品

こんにちは。Victoriaです。

さて、
昔お見合いは就活だったという話をしたところ→昔お見合いは就活だった - Victoriaの日記
vivianさまから、
そのうち婚姻制度は崩壊するんじゃないかというコメントいただきまして、




>>こんにちわ。婚活市場から撤退した私なんですけど・・

そのうち、日本全体としての婚姻体制が崩壊する日も来るんじゃないか・・・なんて事を時折思う私です。
過去を遡れば、「ちゃんと食べさせてくれる男」であれば何人妻を娶ってもOKという時代もあった日本です。
もちろん、国外に目を向ければそんな流れを汲む国は今でも沢山あるわけで・・
でね、国民全て皆平等&一応食いっぱぐれる心配が無い
この条件が満たされた時のみ男女における一夫一婦制は成立するんじゃないか・・と思う私。
この条件が満たされない場合、何が起こるか・・と思うとですね。
当たり前の事ですが、「ちゃんと食わせてくれれば 二号でも妾でもいいわ」
こんな思想がまかり通ってもおかしくないのではないか・・・? と思うわけです。
でもって、ちゃんと稼いでくる男は妻の2人3人を養い、
ちゃんと稼げない男は 一生一人身・・・ そんな状況が発生しても仕方ないのではないか・・・と。
いい年して、フリーターだのバイトだの言ってる男子を見ていると、つくづくそう思うの。
まだ今は社会規範が優先される余裕がある故に モラルを第一に考えてみんな動いているけど・・

これがまた もし何かの拍子に国規模で食うや食わずになったら そんなモラルがどーのなんて言ってられないだろなー・・って。
そんなそら恐ろしい未来図をふと 考えてしまった私でした。(;^^A<<








とってもペシミスティックな未来図だけど、
もうその芽はあちこちに出てるよねって感じで、
うんうん、うなずいてしまったんだけれども、









昔、
結婚といえばお見合いが普通だった時代、
お見合いして結婚してた人って、
いわゆるちゃんとした家の人だったと思うんだけど、










ちゃんとしたっていう言葉の意味は、
お金持ちっていうことを必ずしも意味してたわけじゃなく、








三者を介して人を世話してもらえるだけの、
社会的信用とか人脈があるという事実が、
まさに、
その家族が、ひとつの共同体単位として機能していることを意味していて、









たとえば、
おとーちゃんは飲んだくれで、
すんごい女たらしのおじさんが親戚にいるけど、








おばーちゃんがしっかりにらみをきかせてて、
あのおばーちゃんがいる家なら大丈夫だろう、みたいな、









お金だけでは測れない、
家族全体の人的財産みたいなものが、
ここにヨメにいって大丈夫だろうってことを担保してくれてたから、









多少、
ヨメ入り先の当の夫となるべき人に難があっても、
親は安心して送り出すことができた、
そういう部分もあったんじゃないか、
つまり、
家族というシステムに対する安心感があったからこそ、
お見合い制度が成り立ったんじゃないか・・・









そう思うと、
親は親、
子どもは子ども、
それぞれが好きなことして生きていけばいいっていう個人主義的な考えが主流になってくると、
当然、
お見合いが、
単なる、









出会い









になってしまい、










てことは、
性的魅力があせると、
出会ったばかりのころの魔力が薄れてしまって、
たとえお見合いで知り合った仲であっても、
簡単にこわれてしまったり・・・










昔のお見合い結婚のいいところは、
そう簡単に別れないてことだったんじゃないかと思うのね、









仲人の顔をつぶしちゃいけないから、
多少のことでわがままいって出てくることができないっていうのもストッパーになってただろうし、










もともと、
就活としての結婚だったんだから、
生活基盤としての結婚の条件が大きく変わらない限り、
別段、不満は出ないっていうのもあっただろう。











・・・ということで、本日の結論 :









婚活がいまいちうまくいかない理由って、
今の婚活がほとんど出会い化してるからなんじゃないかしら・・・
あれじゃ、
男も女も安心しておちおち相手をみつけられないと思うし・・・










親が決めた相手はイヤ、
でも婚活でもみつからない、となれば、
残る道はただひとつ、









地道に恋愛しろってことね・・・?







Victoriaでした。