ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part 5 (28) スコータイ朝

こんにちは。Victoriaです。

2012/12/02 京都大学百周年時計台記念館で開催された、
ライフネット生命保険の出口社長に歴史を学ぶ 13世紀の世界」講義録のまとめ、
今回は「スコータイ朝」。







1240年、
タイ北部に、
スコータイ朝が起こる。






スコータイ朝は、
タイ最初の王朝と言われ、
クメール人のアンコール朝から自立して建てたタイ人の王朝。






クメール人とは、
カンボジアに住む人々のことで、
ポルポトの大虐殺で、
クメール人が激減したことが思い出される。







一方の、
タイは、
アジアで唯一植民地化を免れた国で、
豊かな土地に恵まれ、
「ほほえみの国」と呼ばれるとおり、
人々がどこへ言ってもほほえんでいる、
文化的にも大変進んだ国というイメージがあるけど、









歴史をさかのぼってみると、
クメール人の方が先に登場していたのね・・・









・・・

さて、
スコータイ朝は、
パガン朝(現在のミャンマー)から上座部仏教を取り入れ、
タイを仏教国にする下地を作った。










その理由は、
政治的なもので、









これは、
スコータイ朝に限らず、
新しい王朝に共通して見られることなんだけど、








人心を掌握するために、
新しいイデオロギーを必要とし、
スコータイ朝の場合、
それが上座部仏教だった。











上座部仏教の伝播については、
ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶシリーズでもすでに登場しているんだけど→ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part 4 (4) お金で平和を買うODAだったせん淵の盟 - Victoriaの日記









日本や中国に広まったのは大乗仏教
上座部仏教は、
タイ、スリランカミャンマーなどに広まった宗教で、
一言でまとめるならば、
個人の成仏を大事に考えたエリート層の仏教のこと。










仏教内部で戒律の教えの解釈が分かれた時、
釈迦の教えを純粋に守ろうとしたのが上座部仏教で、
大衆受けするようにシンプルな教えに変えていったのが大乗仏教だったので、











ある意味、
上座部仏教の方が本家本元だとも言えるんだけど、









皮肉なことに、
発祥の地ではそれはとっくの昔に廃れてしまって、









年代でいえば、
一番最後に伝わってきた東南アジアで、
一番古い形の上座部仏教が広まったわけである。








たしかに、
タイやミャンマーへ行くと、
今でも熱心な信者がいるというから、










文化や思想というのは、
本家からちょっと離れたところのほうが、
かえって素直に受け入れられるものなのかもしれない。









スコータイ朝では、
王みずから出家して仏教研究を行い、
因果応報の思想をひろめた。










因果応報というのは、
よい前世がある人はいい人生が送れるが、
悪い前世がある人は恵まれない人生しか送れないという考えだから、
ある意味、
身分を固定してしまう働きがあって、








つまり、
今のオレがこんな状態なのは、
前世が悪いんだから、
努力してもしょうがねえよな、といったあきらめにつながるわけで、









なるほど、
王様ががんばって布教しようとしただけのことはあるなという感じがする。









宗教って、
奥が深いね・・・










Victoriaでした。



・・・


ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ バックナンバーはこちら。
ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ Part5 まとめ - Victoriaの日記





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