ライフネット生命の出口社長に歴史を学ぶ (14) バビロン捕囚とダレイオス1世のグローバリゼーション

こんにちは。Victoriaです。

さて、ライフネット生命保険の出口社長の講演会は、
再びメソポタミアへと戻ってきました。

ここで、これまでの経緯をおさらい。



<BC1200のカタルシスが、地中海世界にもたらしたもの>
BC1200年頃、火山爆発による気候変動で、ヒッタイト、ミケーネ、ウガリトが滅び、エジプト新王国も弱体化。
その結果、それまでヒッタイトが独占していた鉄の技術が拡散し、鉄器時代の幕開けとなる。

また、中近東から強い国がなくなったため、弱小民族にとってはラッキーな時代がやってきた。



BC1200のカタルシスによってもたらされたもうひとつの変化は、
言語。

それまでは、アッカド語が共通語だったが、
BC1000年頃から起源前後まで、
アラム語が共通語として話されるようになった。


アラム語は、キリストが話していた言語でもあり、
「マリア」というのもアラム語



アラム語「マリア」という単語は、
「キレイな女性」=「太った女性」
という意味。

昔はいつも人々はお腹をすかしていたので、
お金持ちの男性が街でキレイな女性をみつけたら、


「ご飯をお腹いっぱい食べさせてあげるから、ボクのところにおいでよ」


というセリフでお持ち帰り。


女性は喜んでついていき、
毎日グルメな食事をした結果、みるみるうちに太って・・・



キレイな女の人をみつけたら、
デートに誘って、まずおいしいものを食べさせてから口説くというのは、
紀元前1200年からの伝統だったのね・・・


・・・
紀元前668年〜627年、アッシュルバニパル王の時代に、
ついにアッシリア世界帝国が、エジプトを含む前オリエントを統一。

アッシュルバニパル王はニネヴェに大図書館を建設し、
文書収集を敢行。
文武両道にすぐれ、
王の姿は、刀とペンをさした姿で描かれている。


しかし、アッシリアは紀元前612年にカルディア・メディア連合により滅ぼされる。
アッシュルバニパル王の死後、まだ15年しかたっていなかった。


これは、強いリーダーシップのもと、拡大路線でイケイケの時代に経営資源を使い果たしてしまったため。


出口社長の本日の一言 :


すぐれた王の後、帝国はあっという間に滅ぶ。



・・・
この頃、ユダヤ人の世界放浪のきっかけとなる大事件発生。
紀元前586年、ネブカドネザル2世によるバビロン捕囚が起こった。

ユダ王国を滅ぼしたネブカドネザル2世は、謀反を恐れ、
有力な市民をすべてバビロンに連れて行った。

彼らは、一カ所にまとめて住まわされ、
次第に現地の文化にとけこんでいく。

古代オリエント社会においては、やっつけた国の市民を根こそぎ連れて帰って移住させるということは頻繁に行われていた。

もしも、やっつけた国にそのまま住まわせておいて、なおかつ、言うことをきかせようとするなら、
相当強力な軍隊を常駐させて見張らなければならないが、
それは大変な資源のムダになる。

しかし、成人男性の優秀な人間は連れて帰って働かせれば、
手元において見張ることによって反乱を防ぐこともできるし、
年貢のとりたても簡単だから一石二鳥。



彼らが、キュロス2世によって解放され、イスラエルに帰国が許されたのは、紀元前538年。
実に80年がたっていた。
80年といえば、3代くらいの時が流れており、
彼らのほとんどはバビロニアの生まれで、
結局、聖職者をのぞいて、帰国した者のほうが少なかったという。



・・・
次に登場する、世界史上5つめの世界帝国は、アケメネス朝
建国者はキュロス2世で、
つぎのカンビュセス2世がエジプト併合し、前オリエントを統一した。


しかし、アケメネス朝で最も活躍したのは、
第3代のダレイオス1世

彼は、様々な施策を打ち出し、グローバリゼーションを推し進めた。

実は、ダレイオスは正当な跡継ぎではなかった。
いわゆる簒奪(さんだつ)で、君主の座を横取りしたと言われる。


歴史上、名君といわれる優秀な王には簒奪で王の座を手にした者が多い。

これは、自分にはもともと王になる資格はないという負い目があるため、
立派な政治をして、歴史に名を残そうをするからである。



出口社長の一言 :


簒奪(さんだつ)で王位についたものは、
有能だが負い目を感じているので、
歴史に名を残そうとして、立派な政治をする。




<ダレイオス1世のグローバリゼーションの成果>



1 「王の道」

幹線道路が整備され、軍隊の行き来が容易になっただけでなく、
早馬制度を使って、スパイの行き来にも便利になった。

2 共通語

ダレイオス1世自身はペルシア語を話していたが、
ユーラシア中で貿易にたずさわっていたのはフェニキア人であったので、
しゃべる人数の多いアラム語が共通語に決められた。

3 サトラップ(知事)

王が任命し、州の徴税と治安維持が職務。
サトラップの動向を探る目的で、
「王の耳」「王の目」とよばれる監察官が巡回し、
中央集権体制を強化。

4 貨幣の統一
5 カナート(地下水路)の整備

乾燥地帯で灌漑施設が建設された意義は大きく、
生産力が大幅にアップした。


アケメネス朝は、イランからメソポタミア、シリア、パレスチナ、エジプトまでを征服した大帝国だったわけだが、
寛容な政治をした。

これは、ペルシア人がこの地域では少数民族だったためである。

この時代は大量殺戮武器があったわけではないので、

戦争で人が人を殺すというのは、大変なことだった。

だから、たくさん人を殺して恨みを買うことは避け、

能力があれば、民族にかかわりなく、重用した。




出口社長の一言 :


少数民族は寛容な政治をする。




そして話はヘレニズムへと続く・・・



Victoriaでした。

・・・
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